新しい聴覚障害アドバイザー

小耳症がわかった時

 

子供と離れ離れに


子供が誕生して一瞬だけ顔を見て以来、子供は他の病院へ緊急搬送され

その病院でしばらく入院となりました。

私は出産した病院で1週間ほど入院する事が決まっていました。



出産翌日、私は自分の病室まで歩いて行かされました。

廊下を歩き、エレベーターに乗り、また廊下を歩かされました。

『昨日、お腹を切ったんだけど。。。傷が痛いし!』って思いながら。

腰を曲げて恐る恐る歩いていたので、周りから見たら老人のように

なっていたと思います。

帝王切開をした人は、受付近くの1人部屋になるそうです。

1人部屋には個室トイレもあるので、廊下に出る事がなく過ごせます。


小さい耳



面会時間になり夫が来て、昨日の出来事を話してくれました。

『人生で初めて救急車に乗ったよ』っていう他愛のない会話から

子供の話になり『元気になんだけど、ちょっと問題があって』って

『右耳がね、ちょっと違うんだ』って、写真を見せてくれました。


『生きているなら、それでいい』そう思いました。

小さい耳を見ても驚かなかったし、悲しいとか、自分を責めたりする

ような感情もありませんでした。

とにかく『生きてて元気なら、それで十分』

写真だけど、子供の顔をちゃんと見る事が出来て嬉しかった。

『可愛いなぁ。早く会いたいなぁ』そう思いました。


寂しい病室


隣の病室から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきます。

本来だったら、出産翌日くらいから赤ちゃんのお世話をして

一緒に病室で過ごすはずだった。

私以外の人は沐浴の仕方を教えてもらったり、オムツ交換をしたり、

毎日忙しく、楽しく過ごしていました。


私は、病室で1人。テレビを見たり、読書したり。

子供の為に出来る事といえば、母乳を搾乳して冷凍する事。

そして、それを看護婦さんに届ける事だけ。

私の冷凍母乳を届けるのは、夫の役目。

始めは出にくかった母乳も日ごとに出るようになって、

嬉しいけど胸が張って痛い時もありました。

もし子供と一緒にいたら、胸の張りも和らいでいたのかな?なんて

思ったりしていました。

毎日、夫からもらった子供の写真を見て、

いつ来るか分からない、会える日を楽しみにしていました。



やっと会えた!


出産してから5日目くらいに、外出許可が出ました。

その頃には私の体調も回復して、傷は痛むけど普通に歩けました。

私が入院している病院から、子供が入院している病院へタクシーで

向かいました。夫に案内されながら、向かった子供の病室には

他にも赤ちゃんが5人ほどいました。

子供はうつ伏せに寝かされていました。


看護婦さんから抱っこしていいと許可をもらい、

初めての抱っこをしました。

小さくて、ギュッと抱いたら壊れてしまいそうな感じがしました。

まだ眠っている子供は、とても可愛くて愛おしい存在になりました。

初めて見た子供の小さい耳も可愛らしいと思いました。


子供の担当医から子供の状態と小耳症について説明を受けました。

子供が運ばれて来た時から比べると元気に回復しているとの事。

そして小耳症については、CTスキャンを撮ってから詳しく説明する

と言われました。この時に初めて『小耳症』という言葉を聞きました。



一般的な小耳症の説明を受けました。

小耳症は一万人に1人程度に見られる稀な変形で、耳が出来上がらず、

小さい状態で産まれてきます。耳たぶだけが付いているタイプが多く

右耳に発生する事が多い。耳の穴が塞がっている為、聞こえが悪い。

顔の変形がある場合もあるそうです。


子供の場合は顔に変形はなく、小さい耳たぶが付いている症状で

一番多い症状に入るそうでした。


あと1週間ほど入院する必要があるそうなので、私の方が先に退院

する事になりそうです。


私の病室に戻ると、また独り。

シーンと静まり返った部屋で、退院の日まで過ごさなければなりません。

テレビが備え付けだった事、ご飯が美味しかった事が唯一の救いでした。





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